更新日:2021年12月3日

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作文  高校生部門   最優秀賞(内閣府審査 佳作)

障害の壁がない世界を
山形県立東桜学館高等学校 3年 
深瀬 萌心
 

 私の兄は、知的障害を伴う自閉症である。大きな声で独り言を言ったり、父母が作ったタイムスケジュールがなければ次に何をするか分からずパニックに陥ったりしてしまう。こだわりが強く、一つのことに集中してしまうと周りのことが見えなくなってしまうのだ。しかし、これを逆にして考えると、自分の好きな事、得意な事には、とてつもない集中力を発揮できるということだ。兄もその一面を持っている。例えば、兄は生き物が好きで、好んで多くの場所を訪れては、写真を撮って自分だけの手作りの図鑑を作っていた。図鑑のページも一から作って、これまで様々な種類の図鑑を自作してきた。自分の好きなことに熱中している姿はとても輝いているように見えたし、生き生きとしていた。他に、私が兄をすごいと思うのは、記憶力だ。図鑑を私に紹介してくれる時に、何年も前に訪れた場所にもかかわらず、「何年何月何日何曜日に行きました」と、はっきり教えてくれるのだ。いくら記憶力に自信のある人でも、そこまで記憶していることはないだろう。これは人に誇るべき特性である。
 兄は、特別支援学校を卒業した後、就労支援施設に通った。自分の好きな料理やお菓子作りを生かした仕事が出来ると期待していたが、現実はそううまくいかないものだった。兄が楽しみにしていた作業は、難しくて時間がかかり、誰かがついていないと出来ず、職員はみんなの工賃のために数をこなさなければならないから個別に対応出来ないと言われた。実際、兄が望んだ作業は出来なかった。施設では何をするのか事前に目に見える化する支援はなく、家庭で対応するにも施設から作業予定の情報が得られず限界があった。少しでも出来ることが増えるように練習して、長い目でみてほしいと願い出たが受け入れてもらえなかった。さらに、施設には、兄が苦手とする人がおり、行くことが億劫になってしまった。次第に兄の笑顔は減り、夜中眠れずにいることも増え、施設にも通えなくなった。思いのままに働くことが出来ず、日々行動範囲が狭まる兄のことが気がかりでならなかった。
 兄の小学校時代の先生から、兄の同級生が特別支援の先生を目指して頑張っているという便りが来た。学校での兄と過ごした経験が繋がっているという。さらに、他の同級生は、兄を見かけてわざわざ声をかけに来てくれた。兄も頑張っているから俺も頑張ると、兄の存在は励みになっているという。そして自分の友達だからと躊躇なく声にしてくれた。時を経ても、兄が関わってきた人たちの心に、兄の存在が残っているのは、兄本人だけでなく私たち家族も報われているような気がした。
 そんな時、オリンピック聖火リレーのサポートランナーとして走る機会に巡り合えた。なかなか会えなかった仲間やお世話になった先生に頑張っている姿を見せたいと走る事を決めた。今この現状だからこそ、走ることが好きだった兄に元気な姿を取り戻してほしかったが、親には介護がなければ難しいという心配があった。私は、小学校時代に兄が友人と楽しく走っていたことを思い出し、本人の良いきっかけになるならサポートしたいと思い、兄と一緒に走ることを決めた。
 家の周辺を、歩きと走りを繰り返しながら四十分かけて一周したり、実際のコースを体験したり練習を重ねた。兄の手を私の腕に乗せて誘導すると、兄はとても楽しそうに一緒に走り切った。私は、ふと兄の妹で良かったという思いを感じた。今まで自分自身、兄のことで悩むことが多く、なんで私がと思うことがあったのも事実だ。それでも、兄が生き生きとしているのは、この上ない喜びだった。聖火リレーの担当の方は、親身になって寄り添ってくれ、当日の進行やユニホームなど、本人の不安を減らそうと協力してくれ、事前にしっかりと準備を整えることが出来た。
 当日は、私が傍にいて兄が不安にならないように、一緒に予定表を確認し次に何をするのか丁寧に伝えた。兄は終始安心したように、私に図鑑の話をして出番を待っていた。出発の時、いつも通りに私の腕に手を乗せて握り足を弾ませ笑顔で走っていた。他のランナーが手を振ると兄も一瞬手のひらをあげた。何気ないことだが、兄にとってはすごいことだ。私は嬉しさで胸がいっぱいになった。
 あっという間の時間だったが、兄にとってすごく大きな一歩となった。走り切った兄はとても清々しく充実感が感じとれた。担当の方に頑張ったねと言われ、兄は、僕走りましたと声を弾ませ答えた。帰り際、見知らぬ地域の方からも「良かったよ、お疲れさま」と声をかけてもらい、そこには兄が障がい者であるという線引きはどこにもなかった。今もオリンピックの映像を見るたびに自分も走ったという思いが兄を笑顔にさせている。多くのサポートがあってこそ叶えることが出来た。兄の力になり、また誰かの力になっている。そして私自身にも大きな力になった。
 健常者と障がい者の大きな違いは「障害」である。障害とは心や身体上の機能が十分に働かず、活動に制限があることである。一般の人とは違っているという前提があり、「特別」に見ているということだ。一人では生活できない、手助けを必要とするというイメージが必ずしも無いとは言えない。しかし、その「特別視」することが間違っていると考える。つまり、ノーマライゼーションの考えを広げていくことが必要なのだ。障がいの方と関わるとき、まずは「障がい者」としてではなく、一人の人間として見てほしい。そういった視点を獲得するためには、インクルーシブ教育を広めていくことが一歩だと考える。皆の心の輪が広がることで、「障害」の壁が消えた世界、個性を認め合うフラットな共生社会が到来することを願っている。

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