更新日:2020年9月28日

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藤沢周平ゆかりの地をめぐる

いま、山形から・・・ 厳選やまがた 藤沢周平ゆかりの地をめぐる(鶴岡市)

(平成30年4月20日掲載)

時代小説の名手として名前が挙がる鶴岡市出身の作家藤沢周平さん。下級武士や武家の次男・三男、江戸の町に生きる人々などの心の機微や、情景を繊細に描いた作品は今なお多くの人に愛され、読み継がれています。作品の舞台として知られる「海坂藩(うなさかはん)」は、江戸時代の庄内がモデルといわれ、鶴岡市を訪れるのは藤沢作品ファンの憧れになっています。

生い立ちと作品

藤沢周平さんは昭和2年(1927年)に農家の次男として山形県鶴岡市(旧黄金村(こがねむら))で生まれました。本名は小菅留治(こすげとめじ)。農家の子どもの進学が難しい時代に、周囲の人々に勧められ、働きながら夜間中学で学び、山形師範学校へ進みます。卒業後、教師となり湯田川村立(現鶴岡市)湯田川中学校に赴任しますが、2年後、肺結核が見つかり休職。闘病生活の後、東京で業界新聞社に勤務しますが、文学への情熱は止まず、会社務めの傍ら小説を執筆。昭和46年に「溟(くら)い海」でオール讀売新人賞を、昭和48年に「暗殺の年輪」で直木賞を受賞します。

その後、「用心棒日月抄」シリーズや「隠し剣」シリーズ、『獄医 立花登手控え』、『橋ものがたり』、映画化もされた『蟬しぐれ』、『三屋清左衛門残日録』、『風の果て』など数多くの作品を執筆し、高い人気を獲得しました。平成9年に69歳で逝去。今年の1月で没後21年となりました。

作品は主に下級武士たちを主人公とした「武家もの」、北国の架空の小藩「海坂藩」を舞台にした「海坂もの」、江戸時代の庶民を描いた「市井もの」、史実を精査して作品化した「歴史・伝記小説」などがあります。

短篇小説を原作とした映画「たそがれ清兵衛」が平成14年(2002年)に公開されると、国内外で高い評価を受け、真摯に生きる人々を端正な文章で綴った小説に注目が集まりました。現在まで8本の映画が公開され、テレビドラマ化は50作。映像化された作品を入り口に、小説を手にする新しいファン層も誕生しました。

庄内と藤沢周平

出身地が鶴岡市というだけでなく、藤沢周平さんには故郷・庄内を彷彿とさせる作品がたくさんあります。作品の中で重要な位置を占めるのが架空の藩とされる「海坂藩」。三方を山、一方を海に囲まれ、城下を南から北へ五間川が流れています。直木賞受賞作となった「暗殺の年輪」で初めて登場し、「隠し剣」シリーズなどにも描かれ、代表作となった『蟬しぐれ』では町並みや風景などが細かく描かれ、具体的な藩の様子が伝わってきます。

三方の山とは月山などの出羽三山、鳥海山、金峯山(きんぼうさん)、海とは日本海。鶴岡市中心部には名前こそ違えど、内川が流れており、ぴたりとあてはまります。藤沢文学の魅力のひとつである、豊かな自然描写の源はここ庄内にあったと納得させられ、作家もこの地に生き、同じ風景を見て、時を過ごしていたことに胸が熱くなります。


初冬の月山
写真提供 鶴岡市立藤沢周平記念館

鶴岡市立藤沢周平記念館

平成22年4月、藤沢文学ファン待望の鶴岡市立藤沢周平記念館が開館。場所は、かつての庄内藩酒井家の居城、鶴ヶ岡城があった鶴岡公園の中です。敷地内には東京の旧藤沢邸にあった庭木や屋根瓦、塀に使われていた大谷石が配されています。常設展では作家の生涯と作品世界を紹介し、多くの作品を執筆した自宅書斎を移築再現。また、特定の作品にスポットをあてた企画展やイベントを開催しています。


実際に使っていた机や愛用品などから書斎を移築再現。


記念館の中庭には、東京の旧藤沢邸の石塀が敷き詰められています。


東京の旧藤沢邸の瓦屋根が使われた記念館の坪庭。

日本全国から訪れた来館者は延べ30万人を超えました。「『藤沢作品をまた読み返したくなった』『藤沢さんの作品世界にひたることができた』など、たくさんのお声を頂戴しています」と専門員の進藤恵理也さんは話してくれました。

記念館では現在、藤沢さんの生誕90年を記念した特別展を開催中。自伝的エッセイ『半生の記』をテーマに、生誕から作家になるまでの歩みを紹介し、自筆原稿や教師時代に作った放送劇の台本、蔵書などを展示しています。

散策と庄内の味

記念館を十分に堪能した後は、さらに作品の世界にひたることのできるスポットを訪ねてみてはいかがでしょう。

記念館のすぐそばには桜の名所である鶴岡公園があります。小説「花のあと - 以登女(いとじょ)お物語 -」では主人公の以登と孫四郎との出会いの場所のモチーフとなりました。春に訪れたら、ぜひ足を運んでみてください。

また、歩いて数分のところには文化2年(1805年)に庄内藩7代目藩主酒井忠徳(ただあり)が創設した藩校致道館があります。表御門、講堂、御入間が残されており、国指定史跡として一般公開されています。「武家もの」の中で少年たちが学んでいた藩校のモデルと思われます。


鶴ヶ岡城址
写真提供 鶴岡市立藤沢周平記念館


藩校致道館
写真提供 鶴岡市


カレイ焼き
写真提供 鶴岡市立藤沢周平記念館


小なすの浅漬け
写真提供 鶴岡市立藤沢周平記念館

さらに足を延ばせば、初期の傑作『又蔵の火』の舞台となった総穏寺、『蟬しぐれ』で季節ごとの風情が描かれる五間川のモデルになった内川なども見ることができ、文四郎の姿を思い描くことができるかもしれません。

遠方からいらした方に、もうひとつ。豊かな食材を育んできた庄内には四季を通じ、この地ならではの食文化が残っています。藤沢さんの作品に登場するものをいくつかご紹介しましょう。

庄内ではマガレイ、またはクチボソと呼ばれるカレイは5~6月頃に旬を迎え、塩焼きなどで食べられます。カレイの身から磯の香りがただよう初夏の滋味です。藤沢さんが生まれた集落の隣の、民田(みんでん)地区は在来野菜「民田なす」で知られ、一晩漬けこんだだけで、皮がやわらかくなるなす漬け(浅漬け)は鶴岡の夏の食卓になくてはならない一品です。

川の流れや頬をなでる風のささやき、太陽の光に輝いてみえる瓦の一枚一枚に、海坂藩を思う。それは読者に許された楽しみのひとつ。藤沢さんの作品を読んだことがある方も、これを機会に興味を持たれた方も、生誕90年のこの年、藤沢文学の息づく鶴岡を訪れてみませんか。

藤沢周平さんの没後、山形県はその功績を称え、山形県県民栄誉賞を授与しています。(過去の栄誉賞受賞者:第47代横綱・柏戸剛氏、冒険家・大場満郎氏、元プロ野球南海ホークス投手・皆川睦雄氏、作家・井上ひさし氏、プロサッカー監督・佐々木則夫氏、ノルディックスキー選手・太田渉子氏)

藤沢周平生誕90年特別企画展『半生の記』をたどる

平成30年8月28日まで

取材協力